イケメン、美人の社会貢献

おそらく、ほとんどの人が知っていることだと思うが、あえて口にする人がいないので、書いてみようと思う。

外見がいい人って、存在しているだけでめっちゃ社会貢献してるよね、って話。

店員さんが可愛かったらテンション上がるし、バイトしてて可愛いお客さんがきたら嬉しいし、こういうと変態っぽいが、同じ満員電車でも周りが汚いおっさんなのと、可愛い女子大生なのとでは天と地ほどの差がある。

私自信、現在カナダにワーキングホリデーにきているが、この間行ったスーパーのレジの女の店員がめっちゃ可愛かった。

幸せな気分になったのはもちろんのこと、「ああいう子と付き合いてえ」と強く思い、その結果英語の学習へのモチベーションがそれまでより格段に上昇した。

もちろんブサイクだって、人を幸せにすることはできる。そこを否定する気は全くない。

さっきの店員の例で言えば、ブサイクでも、感じのいい店員さんなら良い気分で店を出ることができるし、これも一種の社会貢献である。

ただ、外見が良い人々のすごい所は、労せず、不特定多数の人に良い影響を与えることができるということだ。

ブサイクは、電車でスマホをいじっているだけで、コンビニでおにぎりを買うだけで、人を幸せにできるだろうか。

イケメンには、美人には、それができるのだ。

どれだけの社会貢献をしているかというのは、本人の善意うんぬんではなく、他者、社会に対してどれだけの幸せを与えたかで測られるものだと思う。

だとすれば、ほとんどの性格のいいブサイクよりも、イキってるイケメン、美人の方がはるかに社会貢献していることになる。

外見が良い人は、仕事でもプライベートでも、色々な場面で得をしていると思うが、ある意味それは当然である。

むしろ、与えているものの量から考えれば、全然もらい足りていないとも言っても良い。

また、外見を磨くために最大限の努力をしないということは、もしかすると、社会倫理的にやってはいけないことなのかもしれない。

まとめると、イケメンになりてえ