2種類の快楽

快楽には2種類ある。

美味しいものを食べる、オナニー、セックス(それ自体)、Youtubeなど、その瞬間だけ楽しめる、瞬間的快楽。

健康、社会的地位、モテ、名声などの、恒常的快楽。

これらのうちのどちらを追求すべきか、どのようにバランスを取るべきかを考えてみた。

結論からいうと、

可能な限り両立すべきだ。できない場合、基本的に恒常的快楽を優先すべきだ。

まず、これら二つの違いは、努力を必要とするか否かだ。

瞬間的快楽は、努力を必要としない。必要なのは、金と時間だけだ。

一方、恒常的快楽を獲得するには、基本的に努力が不可欠だ。

純粋なセックスから得られる快楽は金で買えるが、モテること、そこからくる精神的な満足感を金で買うことはできない。

また、その名の通り、瞬間的快楽は、その瞬間しか快楽を得ることができないが、恒常的快楽は恒常的に感じることができる。

つまり、恒常的快楽は、生活全体の幸せを底上げしてくれる。

味噌汁でいう所のだしや味噌のようなものだろうか。

それさえしっかりしていれば、それなりの味にはなるし、逆にそれがしっかりしていないと、具材がどれだけ良くても、美味しい味噌汁にはならない。

恒常的快楽の中には、社会的地位、名声のように積み上げていくことができるものもあるが、健康やモテなど、ある年齢を界に減退し続けるものもある。

そのため、積み上げ可能なものを積み上げる努力を怠り、瞬間的快楽ばかりを享受していると、年を重ねるごとに不幸せになっていく。

これらの理由から、私は瞬間的快楽より、恒常的快楽を優先すべきだと考える。

だが、これらは必ずしも二者択一ではない。当たり前だがモテながらセックスすることもできるし、美味しいものを食べた上で健康を維持することもできる。

このように、両立できるものはある意味非常に「お得」だと言えるので、積極的に享受したい。

一方、お金や社会的地位を手に入れるためには、瞬間的快楽のための時間をある程度削り、その時間で努力する必要がある。

ここで大切なのは、自分がなるべく楽しいと思える方法で努力をすることだ。

究極的には、努力の全てを楽しむことができれば、人生のほぼ全ての時間を楽しむことができる。

やりがいのある仕事など、打ち込めるものがある人が幸せなのは、このような理由からだと思う。

また時には息抜きとして、将来の恒常的快楽に繋がらない、瞬間的快楽を求めるのも良い。ただそれはあくまで息抜きであり、それに溺れてはならない。

「瞬間的快楽と恒常的快楽の両立」という視点を意識して生活したい。

 

2017.5.23 追記 

gopparironbusou.hateblo.jp

こっちの方がうまくまとめられました。

ぜひ読んでください。