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子供はなぜ幸せなのか

小学校が一番楽しかった。

私の場合、足が早かったり、勉強ができたり、サッカーが上手かったりしたから人一倍楽しんだと思うが、私以外でも、「子供の頃が一番楽しかった」という人は多い。

子供は働く必要はないが、その分毎日退屈な授業を受けなければならないし、宿題もやらなければならない。

行動も親によってかなり制限されるし、お金だってほとんど持っていない。

ゲーム一つ買うのにも、親の許可を取らなければならない。

にもかかわらず大人より楽しいのはなぜか。

いくつか理由を考えてみた。

 

まず一つは、人生経験が浅い分、何をするにも新鮮さが違う。

昔は映画や漫画を見ればほとんどが面白かった。

自転車で行ったことのない隣町までいくだけでワクワクできた。

ヤンジャンの表紙のグラビアで十分興奮できたし、初めてAVを見た時の衝撃ったらない。

一通りの刺激を経験し終えた大人は、子供と比べて感受性が弱い。

よく言えば安定しているが、感情の振れ幅が小さいため、得られる幸せもその分小さくなる。

 

二つ目に、子供は大人より将来に希望を持っている。人生経験が短く、知っている世界も非常に狭いので、相対的な自分の能力、自分の伸び代、夢を叶えることの難易度、どれも正確に把握できていない。

周りの大人からも「夢を持て」と言われたり、職業などに関しても楽しい面ばかりにスポットライトが当てられるため、将来をかなり楽観視していると言える。

また、大人になれば現在と大きく状況が変わることが確定しているため、もし仮に現状に満足できていないとしても、いつか必ず抜け出せる、と思える。

 

三つ目に、貧富の差が小さく、経歴や学歴などにもほとんど差がないため、大人と比べて平等である。

代わりに、「スクールカースト」という概念が存在するが、小学校ではこれもかなり緩やかだと思う。

「みんなで仲良くしよう」みたいな雰囲気があるので、目立たないタイプの子供もある程度尊重される。少なくとも私の通った小学校ではそうだった。

 

中学、高校ではスクールカーストが強固になるため、この点は当てはまらないかもしれない。

一つ目、二つ目のポイントに関しても、年齢が上がり、人生経験を重ねれば重ねるほど、薄れていってしまう。

ただ、その分自由も増え、行動の範囲が広がる。

この年代は、元々持っている自由が少ないので、少し自由が増えただけでかなりの幸福感を感じられる。

また、中学、高校には部活があるため、部活に打ち込んでいた場合、これらの年代が一番楽しいという可能性も高い。

 

最後に、小学校、中学校、高校に通っている間は、自分の居場所が向こうからやってくる。

毎日同じメンバーと顔を合わせ続けることで、自然と仲間ができる。コミュニティーの一員になれる。

しかも子供は、一人前の大人としての行動が求められないし、「存在しているだけで価値がある」みたいなところがある。知らない大人も、基本的には優しくしてくれる。

 

 大学生になって、ものすごい大きさの自由を与えられた。

なんでもできるが、自分の居場所は自分で探さないと、誰も与えてくれない。

それに加えて、社会人になれば、一人の「大人」としての行動が当然のように求められる。

仕事で重要な役職につき、家庭を築いたりすれば、再び自由も制限されることになる。

幸せになるための難易度を考えれば、大人は子供よりずっと高い。

しかし大人には、自分の生き方を自分で決められる、という絶対的な優位性がある。

子供の時のように、なんでも新鮮に感じることはできないかもしれないが、新しいものを追い続けることはできる。テクノロジーの進化だってある。

将来に希望を持つこともできる。

残念ながら平等な社会ではないが、高い社会的地位を得ることもできる。

幸せになるために、自分と向き合い、努力をする必要がある。

でも、うまくいけば、小学生の時以上に人生を楽しむことだってできるはずだ。