「楽しい」の分類

さっき自分の過去の記事を見返していて、この記事を読んだ時に思った。

 

gopparironbusou.hateblo.jp

この記事では、オナニーなど瞬間的な快楽と、健康でいることなど恒常的な快楽のバランスをどうとるかについて語っている。記事中に、

お金や社会的地位を手に入れるためには、瞬間的快楽のための時間をある程度削り、その時間で努力する必要がある。

大切なのは、自分がなるべく楽しいと思える方法で努力をすることだ。

究極的には、努力の全てを楽しむことができれば、人生のほぼ全ての時間を楽しむことができる。

 

「社会的地位などを得るためには、時に目先の快楽を我慢して、努力をしなければいけない。でも楽しみながら努力をしろ!」

と言っている訳だが、快楽を我慢して楽しめってこれだけでは日本語としておかしい気がした。なんだこの記事、って感じ。

そこでもう一度、快楽、楽しいについて考えてみた。

 

自分の行動に対し、楽しい、楽しくないの判断をする時、通常やっている最中の楽しさだけでは判断しない。

①やる前の面倒臭さ

②やっている最中の楽しさ

③直後の達成感

④手にしたもの(スキルなど)

これらの四つが、その行動の「楽しさ」を規定していると思う。

この考え方を当てはめると、前回の記事中で述べた瞬間的快楽は②のやっている最中の楽しさ、恒常的快楽は④の手にしたものの大きさを表したものだと解釈できる。

基本的に、行動を起こす前の状態では、①と②が高く評価される。

だが、行動を起こした後、人は③と④を高く評価する。

そして前回の記事でも書いたが、④の手にしているもの(スキル、金、社会的地位、健康など)が多ければ、生活全体の満足感は底上げされる。

そう考えれば、やはり目先の楽しさや面倒臭さに流されず、成長できる行動を重ねることこそが、幸せに繋がるということがわかる。

④を最優先にした上で、①②③を比較的高いレベルで満たす行動をしたい。

結局一言でまとめれば、「楽しみながら成長しよう」ってことで、結論は前回の記事と何も変わらないけど、今回の方がうまくまとめられた気がする!