成長を妨げる謎のこだわり

火ノ丸相撲」という相撲漫画をご存知だろうか。

主人公の潮火ノ丸は、高校生にして身長が152センチしかない。

相撲という、体重による階級分けがない格闘技においては、体がでかいことこそが正義であり、彼の身長は致命的弱点と言える。

普通ならここで、テクニックを駆使した「小兵なりの戦い方」を身につけるところだ。

でも、火ノ丸は様々な過去のいきさつから、あくまで正面から相手とぶつかる「横綱相撲」にこだわり、苦渋を舐め続けながらも圧倒的努力で成長していく。

私はこの主人公火ノ丸の生き方が好きだ。

信念やこだわりを持って生きることは、その人の個性や魅力に繋がると思う。

 

だけど最近、こだわりは時に成長を妨げるということに気がついた。

人を指導する立場から考えると分かりやすい。

あなたが友人から「モテたい」という相談を受けたとして、相手の服装や髪型があまりにダサかったら、間違いなくそこを指摘するはずだ。

その時にもし友人が

「外見を気にするやつは性根が腐っている。俺は内面をみて欲しい」

と答えたら、あなたはどう思うだろうか。

「その外見でモテるわけねえだろ」

「そんなクソみたいなこだわり捨てちまえ」

と思うに違いない。

でも当の本人からすると、外見を気にすることはダサい生き方であり、そんな人間にはなりたくない、と真剣に思っているのだ。

このような場合、明らかにこだわりが成長を妨げていると言える。

 

火ノ丸とこのダサい男の違いはなんだろうか。それは

●そのこだわりを守ることのデメリット(アドバイスを受け入れることのメリット)に対する理解の精度

●こだわりを努力の燃料に変えることができているか

この2点にまとめられると思う。

火ノ丸の場合、これでもか、というくらいに敗北を重ね、自分の体格で横綱相撲で勝つことがどれだけ難しいことか、誰よりも理解している。

その上で自分のスタイルを貫くために誰よりも努力し、誰よりも相撲と向き合っている。

一方ダサい男の方は、自分の外見がどれだけ「モテ」を遠ざけているのかに気がついていない。

多少影響があることくらいは理解しているものの、さほど大きな問題ではないと思っている。

しかも、その分内面を磨いたり、誰よりも積極的に行動し、外見の悪さをカバーしてやろうという気概も感じられない。

ただなんとなく、外見を気にする人がいけ好かないという理由だけで、変わることを放棄してしまっている。

 

そもそも、自分のこだわりに反したアドバイスを受けるということは、そのこだわりが、少なくともアドバイスをした人の価値観から見ればずれているということだ。

メリット、デメリットの認識が甘い可能性が低くない。

そういうアドバイスを受けた時には、そのこだわりが正しいのか、もう一度考え直すべきだ。

火ノ丸のように、メリット、デメリットをしっかり考えた上でこだわりを守るならそれはそれでいい。

そういうこだわりは大切にすべきだろう。