全ての人との会話を楽しむ

全ての人と、楽しく会話ができるようになりたいと思っていた。

 

高校2年の時、クラスに面白い奴が全然いなかった。

知り合いがいなかった訳ではなく、話したことはあるけど、喋ってて面白くない奴ばかりで構成された、奇跡のクラスだった。

1学年7クラスあって、そのうちの1クラスに仲の良い友達が固まっていたけど、それ以外のクラスにも平均して3、4人くらいは仲の良い友達がいた。

大学の友達は片手で数えられるほどしかいないけど、高校時代はかなり友達が多かった。

にも関わらず、クラスには仲の良い友達も、仲良くなれそうな友達も一人もいなかった。

クラス分けに絶望した私は、高校2年の一学期、クラスでほとんど会話をしなかった。

休み時間になるとすぐに席をたち、廊下やトイレで他のクラスの友達と喋った。

その当時は学校がめちゃくちゃつまらなかったので、さすがにこのままではまずいと思った私は、二学期から少しずつ、クラスの友達と会話をするようになった。

するとやっぱり腹の底から笑うようなことはなかったけど、それでも意外と、楽しいと感じることも少なくなかった。

普段はおとなしい奴が実はすごい毒舌だったり、自分のよく知らないスポーツの奥の深さを知ることができたり、色々な発見があって面白かった。

次第に、

「会話が楽しくないのって単に俺の能力不足じゃね?俺が相手の面白さを引き出せてないだけじゃね?」

と考えるようになった。

その時から、気の合う仲間だけで固まるのをやめて、気の合わない人と会話する時も

「どうすればこの人との会話が楽しいものになるだろうか」

と考えるようになった。

 

でも最近、その考えにも疑問が生まれてきた。

今のバイト先に、めっちゃうざい先輩がいる。

その先輩との会話を楽しめないのは、確かに自分の能力不足なのかも知れない。

だけど、自分の嫌いな人とまで仲良くなるように努力する必要性が見つからない。

あと、嫌いな訳ではないけれど、いくら話しても全く楽しくなる可能性が感じられないということも過去にあった。

これらの経験から、

●雰囲気で判断せず、いろんな人と話してみる

●同じコミュニティの人であれば、少し話してつまらなくてもすぐに見切りをつけず、楽しく会話する道を探す

●かなり頑張っても無理そうなら諦める

●嫌いだと判断したら、適切な距離を置く

こんな感じの戦略がいいのかなと今は思う。

 

一見気が合わなそうでも、実は仲良くなると面白かったりもすることがある、ってことだけ頭に入れて、実力不足を嘆いたりせず、気楽にやっていこう。