節税の是非

資産形成などに関する本を読んでいて、必ずと言っていいほど出てくるテーマが「節税」だ。

節税をすることで手元に残るお金が増えれば、生活は豊かになる。

だけど正直、倫理的にどうなの、という疑問も残る。

なので今回は節税の是非について考えていきたいと思う。

 

節税が許されることかどうかについて考えるには、まずは私たちがどれくらいの額の税金を納めるべきかを考える必要がある。

結局、本来支払うべき税金よりも多くの税金を払っているとすれば、節税はなんら悪いことではないし、そうでないなら単純にズルをしていることになる。

まず最低限払わなければならない税金として、私が利用している公的サービスの費用があげられる。

警察や自衛隊、道路、公立の学校など、私たちが大きな恩恵を受けている公的機関というのは少なくなく、これらの維持費用を人口で割った分の金額は確実に支払う義務があると思う。

それにプラスして、税金には弱者救済、富の再分配という機能がある。

病院に滅多に行かない人が多額の社会保険料を支払うこともあるし、自分が全く恩恵を受けていない公的サービスの維持のためにも税金は使われる。

一部の貧乏な人は、ほとんど税金を払うことなく、このような公的サービスから恩恵を受けている。

でも、この弱者救済のためにお金を払うことが義務だとは思えない。

どうして顔も名前も知らないやつを救わないといけないのか。

弱者を救済する仕組みが治安の向上に貢献していることは確かだと思うし、制度として無理やり徴収しないと、寄付とかだけでは十分な金額は集まらないだろうから、税金によって富を再分配する仕組みがあることは理解できる。

だけど、誰からも感謝されることなく、知らない奴にお金を払うというのはどうも納得できない、というかそれが義務だとは思えない。

ここで自分が利用する公的機関の維持のための税金をA、弱者救済(所得再分配)のための税金をBとすると、私たちが払っている税金は

A+B

と表せる。それに対して、私が払うことが義務だと思うのは

A

の部分だけだ。

そしてAは所得の大きさに関わらずほとんど一定だから、所得が上がった時の税金の増加分のほぼ全てがBの増加によるものだと言える。

Aの正確な額がわからないのではっきりしたことは言えないけど、高所得者の多くが不当に(?)多くの税金を払っていることは想像に難くない。

と考えれば、高所得者の節税は倫理的に全く問題ないことがわかる。

逆に所得の低い人が節税で可処分所得を増やそうとするのは、あんまりいいことじゃないのかもしれない。