昨日の乞食

昨日バンクーバーにある日系スーパーに行った時のこと。

電車を降りると、改札口の近くで乞食と思われる人に話しかけられた。

話を聞いてみると

「自分の持っている2ドル75セントをあげるから、5ドルくれ」

と、小銭を見せながら言われた。

私が「何に使うの?」と訊くと、少し考えたあとで「何か食べ物を買うため」と答えた。

渡してもなんのメリットもないので、私は断ってスーパーに向かった。

買い物を終えて駅に戻ると、すでに男はいなくなっていた。

 

普段乞食を見てもなんとも思わないけど、昨日の乞食はなんか変わってたから、帰り道とか帰宅後も色々と彼のことを考えた。

なぜ自分の持っている金をわざわざ差し出すのか。

なぜ移動したのか。

なぜ乞食をやっているのか。

成功しても2ドルちょっとしか儲からないって割りに合わなくないか。

乞食の一日ってどんな感じなのか。

謎だらけだ。

「財布を無くして、5ドルないと家に帰れない」

とかいうのなら多分私はお金を渡しただろうに、トリッキーなせびり方のわりに練り込みが足りなさすぎる。

 

そもそも思うのだけど、乞食ってめっちゃ辛くないか。

私の地元には、じゃがりこの空箱の前にひたすら正座をしてお金を恵んでくれる人を待っている乞食がいるけど、今までお金をあげている人を見たことがない。

しかも、仮にもらえる金額が同じだとしてもアルバイトをした方が絶対に楽だと思う。

何時間もひたすら正座なんてしていられない。

ホームレスになる人がいるのはわかる。

単純に金銭的に部屋を借りるのが難しい人はいるだろうし、そうでなくても汚さとかに耐えることができるなら、住居代がかからないというのは人によっては魅力的だろう。

だけど乞食は本当にわからない。

肉体的にも楽じゃないし、儲からなそうだし、白い目で見られるし、いいことなんて無くないか?

雇ってくれるところが無くて、生活保護の受給の仕方もわからなくて、時間はたくさんあるから仕方なくやってるのかな。

それか意外と儲かるとか、楽しいとか、別の理由もあるのかな。

気になる。